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My Foolish Heart

無花果の森

小池真理子著『無花果の森』を読む。

小池真理子がなぜここまで「恋愛」小説に拘るのか。最も女性の心理を描き人生を描けるのは恋愛であるからか・・・そして男女の性差や精神や生き方の差を、そこに身を投じる人間が一番露呈するからなのか・・・
人が生きる原動力となるものを考える。命の輝きとなるもの、それは情熱であると思う。何かに情熱をもつ人は素敵である。抽象的で曖昧な人間にしか伴わない感情、しかしそれにおける情熱とは計り知れないと、小池真理子は描き続ける。

この物語は有名監督の夫のDVから逃れ失踪した過去を捨てた女と未来を捨てた男が出会う。生きる希望を失っている男女が、身を潜め辿り着いた寂れた地方都市。
岐阜大崖という侘しい街で、梅雨から初夏にかけて、陰鬱な風景の中で物語りは進行していく。
今までの彼女の耽美的な風景とはちがう、雨、汗、黴といった人間の不快な感覚が風景描写に現れる。
本来、人間が生きるとはそういう生々しいことなのかもしれない。

登場人物にヒロインに関わる、画家の八重子とゲイのサクラが素晴らしい。
八重子には「自らの意思で世界から孤絶してきた人間、安易に世界と手をつながずにきた人間のもつ、ある種の強さ、凄みだった。」とあるように本音しか物を言わない絵を描くことに情熱を注ぐ老女だ。
サクラもまたズケズケモノを言うが、ゲイ特有の人間の深みを感じさせる。
小池は「本当に絶望している人に「がんばろう」などの情緒的な言葉は、無意味だと二人のようにぶっきらぼうながら惜しみない愛情を注ぐ二人に心を惹かれる。」と語っている。
物語に出てくる店「ブルーベルベット」はデビットリンチ監督の映画。学生時代に友人に誘われて観にいった記憶がある。確か2本立てで2つとも奇怪だった。暴力的なセックスシーンしか記憶になく、なんじゃこれ??
と思った。ただ、この作品とは裏腹なのが美しいタイトル曲。

読者は、主人公たちと共に、光の射さない人生の洞窟から、光を探して物語の中へと入り込む。
ミステリーの謎解きが知りたいのとはちがう、なぜか読者は物語の奥底へと入り込む、小池作品が描こうとしている「恋愛」の真髄とよく似ている。読者はどんどん深みに嵌って行く。小説のラストは、涙が止らない。

小池作品が描く恋愛小説のヒロインとその相手の男。そこにもいつも究極で真実の男女の姿が窺える。
男は何かに拘り美しくも儚い。それに惚れる女は、恋愛の渦に振り回されどっぷり翻弄されながら、結局のところその行く末は、強かである。
ともかくにも、小池作品の男女は美しい。それはヒロインは心底恋愛したからであり、その後の女はより一層素敵で美しいのだ。だから若い時そのヒロインに憧れ、人生を多少経験し、人生に躓き、そして今尚、私は小池作品を読み、これから先も読み続けていくだろう。生きる源が描かれ、人生とは美しいのだと小池文学は教えてくれるから。ブルー・ヴェルヴェット Blue Velvet
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by mizunoawa921 | 2011-07-30 14:30 | 雑記 | Comments(0)
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