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My Foolish Heart

日本人の冒険と「創造的な登山」

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 ある有名クライマーに講演の依頼をして、メッセージでやりとりしたところ、そのクライマーの今までやってきた登攀は本多勝一著『日本人の冒険と「創造的な登山」』で述べられていることに通じると仰っていた。古典的なところに真実があったことに衝撃を受けられたという。
 
 本書を読んでなかったので、早速購読して読んでみた。○○さんにとって重要な一冊なのですね!!と言うと、重要ではないですw 山ヤの共通認識を分かり易く書いてる。と仰った。

 重要ちがうんかい!!(笑)

 日本の学術至上主義、学問は、高級、崇高、重要に値し、冒険、探検は、下級、低劣、軽侮のしろものだと思われてきた。冒険、探検がいかに虐げられてきたかを歴史と共に解説し論じている。
 冒険とは何か?を定義づける。「生命の危険を冒す点」「実行する当人に主体性がなければならない点」
エベレスト登山が冒険でなくなった理由は、登山者が増えたことではなく、登山の戦略が完全にマニュアル化しシステム化されてしまった点を述べている。エベレストの登山を、危険だと思う人はいても無謀だと思う人はいないだろう。第三の条件に「その時代における最も現代的意味をもつもの」を挙げている。過去のパイオニアがやったと同じことを今やっても、パイオニアではない。
解説には「冒険とは、常識や支配的な枠組みを外側から揺さぶり、一カ所に留まっていてはいけない。反逆的な方法で新しい世界に飛び出して可能性の扉を開き、時代の体制をぶち壊さなくてはならない。」と述べている。
 
 昔、私の山岳会の先輩は、山スキーの記録を出して、パイオニア精神のあるクライミングをして欲しいと後輩たちに述べていた。主体性のないまま山に挫折して、今は主体性をもってフリークライミングもどきのスポーツクライミングをしている私だ。ピンに守られ、更に身を守ろうと、攀じ登り、危険、無謀とは程遠い。自分のムーブを探る。できないことが、できるようになった時は限界を超えた気分になる。私のわずかながらのパイオニアワークとは、その瞬間と過程なのかと、無理矢理、こじつけて自分の登りを省みた。
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by mizunoawa921 | 2015-03-26 00:41 | 雑記 | Comments(0)
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