カテゴリ:雑記( 142 )

千日の瑠璃

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 クラックス大阪で倉上慶太さんのスライドショーがあったので行って来ました。100人を超えるクライマーが参加しました。瑞牆のボルダー要素の強い困難なルートを超ランナウト(10メートル、20メートル)でしかもトラッドで登るスタイルで初登された千日の瑠璃というルートを主に講演された。
 開拓の様子やランナウトで高グレードに挑む激しすぎる冒険の様子など、実際に使ったカムなどを観せてくれながらの楽しい講演だった。影響を受けたのは、黒本の製作者の室井トキオ氏。倉上君も黒本の課題は全課題を登っているというemoticon-0104-surprised.gifemoticon-0104-surprised.gif ノーマットスタイルが主体だが、下地の悪いボルダーエリアはではケースバイケースだという。
 フリークライマーらしく華奢で朴訥として謙虚なイメージから、その情熱はどこから湧いてくるのかと思ってしまう。トークショーの後の親睦会でスポートの仲間が段が出てきて13、しかもトラッドでは在り得ずもっと高グレードになるはずだ、との問いにプロテクションを設置する作業はそう難しくなくあと難しさはボルダーの箇所のみ、そして他の瑞牆のグレーディングに相当していると丁寧に教えてくれた。私のワークはどのようにして・・・・との質問にも答えてくれた。
 今日は知り合いのクライマーに会えた。みんな其々にクライミングに情熱を捧げている人たちばかりだ。完登して泣いたことがあるのは、この千日の瑠璃だけだったという。泣いたことが・・・・私にもある。このトークショーを聞いてみんな何か自分のクライミングに反映しようと思う人があると思う。倉上君のノーマットスタイル、クライミングの拘りや倫理感、スタイルとは程遠い私は、何一つ真似ることはできない。岩をクライミングという文化財に変化させてくれた開拓者への感謝を共有するくらいだ。ただ、私はまた泣けるくらいのクライミングをした頃の情熱を思い出した。
 
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by mizunoawa921 | 2016-02-21 02:17 | 雑記 | Comments(0)

いつかこの山を思い出してきっと泣いてしまう

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 昨晩は、高名な沢ヤさんとの飲み会でした。けんじり君繋がりでFBで知り合いになったK下さんが出張で大阪にいらっしゃたので、京都の出町柳でけんじり君の行きつけのお店に案内して貰いました。
 1次回emoticon-0111-blush.gif、2次回emoticon-0102-bigsmile.gif、3次回emoticon-0136-giggle.gif・・・・・・
 K下さんはエリートで仕事は非常に忙しいのに、山への情熱が強い。初登や難しい沢の遡行が全てではないが、そうされてきた人はやっぱりそれなりの山への思い入れがあるのだと思う。
 黒部のI滝やD滝、称名の滝、台湾など他にもいろいろ、誰もが行けない迫力のある沢と美しい山の風景の写真を観ながら、ここはどうのこうのとけんじり君と語り合う。K下さんは以前にけんじり君が昨年成し遂げた黒部横断を挑まれたが、パートナーの事故で中断になった。
 山へ挑む時の意気込みと精神的な苦痛を語りながら、K下さんは今年の山行きを話されていた。
 けんじり君は、やりたいことは、いかに興ずるか!!だと言う。
 私のクライミング・・・・宿題の課題、トラッド、マルチピッチ、沢や山、やりたいことは山ほどあるが、私のできることは限られている。・・・・・しかし、いかに興ずるか、そうありたいと思った。
 山は憧れで、山を登る人は、今も尚、憧れの存在だ。 
明日への手紙 手嶌葵♪ 
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by mizunoawa921 | 2016-02-18 14:09 | 雑記 | Comments(0)

国立文楽劇場

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 今日は文楽鑑賞に、けんじり君と国立文楽劇場に行ってきました。私は、社会人になってすぐに一度観たことがあり、けんじり君は高校生の頃に一度ある。最近、文楽に造詣の深い方がお勧めしていた
有吉佐和子著『一の糸』  を読み、文楽の三味線弾きの三味線を聴いてみたいと思ったemoticon-0115-inlove.gif
 チケットはほぼ完売で人気があった。4時間という長丁場。3幕の題目がある。でも全然飽きなかった。

「新版歌祭文」“お染久松もの”の傑作。
「関取千両幟」三味線の曲弾きが圧巻。
「釣女」コミカルな人気曲。

 けんじり君がイヤホンいる!というので借りたが正解だった。解説のナレーションがあり、理解できたemoticon-0100-smile.gif

 昨年、けんじり君は黒部横断継続沢登やいろんな辺境クライミングをした。愛してやまない沢登だが、またなぜ古典芸能の文楽を好むのか・・・・沢登は肉体と精神を駆使した激しさが魅力ならば、文楽は人間の業、感情、情念、因果といった人間の性の激しさを表現している。

 今回は豊竹嶋大夫引退公園も兼ねていた。「振り返ってみても、浄瑠璃を語るのは辛いことばかりでした。それでも浄瑠璃を語ることは大好きでした。心底好きだったのだと思います。文楽は大阪で生まれ、大阪で育った伝統芸能です。これまでの歴史を見ても、波があるけれども、日本人に一番向いている芸能が義太夫節であり文楽だと、私は自負しているんです。そういう芸能を生んだ土地ですので、これからも文楽をずっと応援していただけるとうれしいと思ってます。」
 私も、けんじり君も大阪生まれの大阪育ち、大阪の伝統芸能を堪能し、心にビタミンを得た一日だった。 
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by mizunoawa921 | 2016-01-17 17:59 | 雑記 | Comments(0)

和田城志著『剣沢幻思視行~山恋の記』

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 人生を導くことになる憧れ、拘り続け探究しようとするものが人には多少なりともあると思う。それが命がけで取り組まないとならないものであるのが、アルピニストなのである。
 本書は、著者を魅了し続けた剣沢大滝登山史として読むことができる。1962年鵬翔山岳会により途中登られ、京大山岳部が大滝完登となったが、剣沢を遡行したわけでなく、著者が1976年に十字峡より分水嶺の別山乗越まで初遡行する。そして1970年にはついに積雪期の剣沢大滝を登る。その後、ヒマラヤに目標を置き、ランタン・リルン、カンチェンジュンガ縦走、マッシャーブルムとブロード・ピーク、ナンガ・パルバットへの3度の挑戦。
ナンガ・パルバットの困難さを説明している。「黒部もナンガ・パルバットも登山の恐怖(もしくは魅力?)を雪崩に代表させているということだ。・・・・どの面から登っても、雪崩のリスクが非常に大きいものばかりだ。」 
 また本書は探検とは何か、アルピニズムとは何か、を多くの体験を通して、克明に語られている。
「かつて、社会人山岳会の過激なクライマーたちが言ったように、「冬の屏風岩を登れないような奴にヒマラヤはおこがましい」はまったく正しい意見だ。しかし当時の私は、そういう登山界の流れを理解しつつも、その歴然とした力量の差の前に、未踏峰の値札ばかりが色褪せてぶら下がっている山々を物色していた。」未踏峰のみに登山の価値があると思っていた当時のことを悔やみ、「一度ナンガ・パルバットで足慣らしをして、崑崙の未踏峰をソロクライムするような登り方がスマートだ。」と真のパイオニアワークについて述べている。
 私が面白いと思ったのは、クライマーと沢屋との違いについて著者が説明していることだった。
「幻の大滝は未だ完全な姿を見せていない、と考える人々がいる。沢屋だ。登山道や岩壁の既成ルートは、できてしまえば変化な少ないし、後続する登山者には初登攀者と同じ感動はありえない。沢登りは違うと考えた。沢は流転する水の流れに、ひとときもとどまらず、常に同じものはない。山頂が盤石な岩の造形であるなら、渓谷は変幻自在な動態そのものである。・・・・・・沢屋は未知を、クライマーは困難を重視しながら対象を分析する。沢屋は動態の中に未知が内在すると考え、クライマーは造形の中に無限の困難が創作できると考える。」とあり、大滝を目指す者の心の奥の気持ちを考察している。
 その後、事故により膝に障害を抱える身になりながらも、黒部別山トサカ尾根より八ツ峰Ⅴ峰菱ノ稜を登り、登山を退くまで果敢に剱岳に拘った。
 「激しいアルピニズム渇望は静かに山旅放浪に変わりつつあるのかもしれない。しかし、これも新たな思い出作りの始まりだと言える。思い出に酔う時間はもう少ないけれど、出会い、恋し愛して、狂う世界が、どこかで私を待っているような気がしている。」
 ガストン・レビュファの「ぼくは思い出より憧れが好きだ」のごとく、著者はいつまでも情熱の人なのだと思う。
読み終えて、感動を覚えるのは、アルピニズムの奥深い内容と共に、山は私の人生そのものだ、と語る想いが胸に響いてくるからだ。私は気が付けば山に始まり、クライミング擬きをしてもう長い年月が経とうとしている。著者のようにいつまでも情熱の絶えない人でいたいと思った。

 
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by mizunoawa921 | 2015-12-30 12:11 | 雑記 | Comments(0)

冒険塾

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 モンベル本社で行われた冒険塾の講演に行ってきた。内容は、とても深かった。
 モンベル創業者の辰野勇氏の山を始めるきっかけから創業に至るまでの経歴。アイガー北壁の日本人初登頂、黒部川のカヌー初滑降。話は解かりやすく面白く、人はなぜ冒険をするのか?
仲間の死から、生きることは死を意識することだと。著書の『モンベル7つの決断』を読みたいと思った。

 関野吉晴氏の「グレードジャーニー」地球を歩いてあらゆる人種に会った、民俗学。

 伊勢崎賢治氏の「平和はつくれるのか」国連PKOに参加し、内戦終結のためにシエラレオネへ。9.11タリバン政権崩壊後、内戦化したアフガニスタンで武装解除に成功した話。革命について語られる。
 
 そして、宮城公博氏の「海外遡行、ゴルジュとジャングル」 PCのデータが上手く繋がらず、冒険論に重きを置いて語られた。黒部の称名の廊下の遡行がどれだけ、難しく冒険としての価値があるかを説明されて、解かりやすかった。本物の冒険家とそうでない人、初登の重要性と敬意など。クライミングを長くやってきた者にはスタイルや内容、価値あることは・・・?と己の登攀について改めて認識させられる。
 冒険、命がけのリスクを負っても挑む行為、それは博打ではない。辰野氏は語る51%の可能性と49%のリスク。人間社会の未来を切り開く行為なのだと。

 この冒険論を拝聴して、みんなは何を思うのか・・・・自分に問いかけざるを得ない。私は、昔登山をやっていた。運動能力がないまま小説の主人公に憧れ、山岳会に入った。即、激しいアルパイや継続登攀に連れて行ってもらったが、凍傷などで山はやめた。フリークライミングに転向して、アプローチで骨折、再骨折とまだ足に髄内釘が入っていて、ハードには歩けない。百万回トライで12Cを登り、今も限界のルートに挑戦している。ある沢ヤの青年と親しくなり、沢登りやトラッドクライミングも今年始めた。沢登は危険だと思い怪我してから最も避けてきたが、やってみたら凄く楽しかった。沢登は登山のあらゆる要素が詰まっている。自然の奥深い美しさの中で、誰にも会わず、下山では迷い、ヒルまみれになりながらも帰れた時は充実感があった。私は昔感じていた山を登る人への憧れを思い出した。クラックはできないことができていく喜びを感じた。
 自分のクライミングを見つめ直す、それはある程度、スポートというフリークライミングに没頭して頭打ちになっているからと、自分の年齢も考える。冒険とは真逆、何ら価値のない自分のクライミング。しかし、誰でもできる私が登ってきた12Cの完登だが、凡人が完登するには、それなりの苦労がある。それはやった者にはわかるはずだ。仲間は、センスのあるクライマーだが、13Dになり、膝も損傷し相当神経もすり減らしいる。これは価値があることなのか??と一喜一憂しながらも自分のスポートでの限界グレードにトライしている。ストレスを抱えながら、シーズンに通う岩場には、私ににとって、唯一、自己実現できるルートがそこにあるからだと思う。この先どうするのか?決して若くはない自分に問いかける。私の課題が登れたら、どうするん?とよく聞かれる。完登はかなり難しい・・・10才若かったら、わらじの会に入会してるか?w
 今日は女性クライマーと会って、来年は女性だけで沢登に行こうという話になった。

 辰野氏は、夢は思い続けていなければいけないと。チャンスは必ずやってくる、その時思い続けてなければ掴めない。失敗したらそれは不都合でしかない。夢を叶えるプロセスが人生では大事だと・・・・
 冒険家たちに出会えた今年、楽しくもあり、クライミングについて考えることも多かった。未知への挑戦をこれからもしていくのだと、自分の未来を励ました。
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by mizunoawa921 | 2015-11-14 19:03 | 雑記 | Comments(0)

黒部横断沢登り

 友達のけんじり君が快挙の記録の継続登攀を成し遂げた。若さと実力と沢と山に対する情熱、かっこいいね!私も頑張ろうと思った。
 FB履歴なくて、夏休みでもないし1週間経った頃、遭難してるかも??て知り合いに聞いたら、研修中だと思うとのことだったけど、やっぱり山に行ってた。記録的なビッグルートらしい。進級は…emoticon-0114-dull.gif まだまだ飼い犬になれないようだ。私は山を登る人が憧れでしょうがない。

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けんじり君のFBから~
黒部横断沢登り。

黒部川十字峡に流れ込む二つの名谷。棒小屋沢と剣沢。
剱岳を挟んで剣沢大滝と双璧をなす池ノ谷ゴルジュ。

この三本の名谷を一気にまとめて溯下降するという、
沢登りの本流、かつ誰もやっていない課題に挑戦した話。

赤岩尾根→棒小屋沢ゴルジュ→十字峡→剣沢大滝→長次郎谷→池ノ谷ゴルジュ

6日目に剣沢大滝を突破して核心は越えたかと思ったが、
7日目に雨のち雪であらゆる装備が凍りつき、
8日目は凍った沢足袋でカリカリに凍った池ノ谷ガリーを13ピッチ懸垂し、
9日目は一面に霜が降り、水たまりが凍りつき、つららとベルグラの池ノ谷。もともと異常に多い残雪に低すぎる気温と水温。一気に冬が押し寄せてきた。

10日目ラジオでは南よりの風が吹きフェーン現象で富山は最高気温25度の夏日、翌日からは当分雨予報。池ノ谷ゴルジュをやるならこの日しかないという千載一遇のチャンス。
5秒以上泳ぐと身の危険を感じる殺人的な水温。一瞬にしてなくなる手足の感覚。風がぬるいのだけが、生きる希望。終いにはアイゼンバンドや、切ったロープを懸垂支点にして池ノ谷を下降した。一本のロープは芯が見え、もう一本は長さが半分になった。

安全圏の白萩川出合に着いたとき、やり遂げた。生きて帰った。と目頭が熱くなった。
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by mizunoawa921 | 2015-10-28 22:10 | 雑記 | Comments(0)

今日は沢登にうってつけの日

 
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 雑誌「ウィルダネス」に「マホラシ渓谷」を遡った宮城公博さんの記録が載っている。また開高健ノンフィクション賞の最終選考に残った宮城さんの作品の選考が雑誌「kotoba」に載っているので、購読してみた。マホラシ渓谷の記録は、壮絶な遡行を宮城氏の文章力で惹きこまれるように読んだ。今日は私のジムトレの日で2冊の雑誌を購入してからジムに持参した。仲間の先輩が、「kotoba」の選考員の選評、「なぜそんな危ないことにチャレンジするのか、その根っこにあるモティーフが伝わらないもどかしさが残った」という批評に「そんなん、永遠のテーマやろ!!簡単に伝えれるわけないやんな そこに沢があるからやろ!!」と嘗て自分も初滑降の記録を出していた昔を思い出してか感想を述べていた。「ウィルダネス」を観て、この雑誌めっちゃええやん、買おかな!(貸してくれ!)を連発していた。
 選考員は、才能がある。刊行することで、次の段階に行って欲しい。とある。高い登攀をもって未踏の地へ挑むなら、それは冒険へと昇華する。その行為を表現できる文才があるなら、万人へ感動を与えることができる。私は早く『今日は沢登りにうってつけの日』が読みたい。
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by mizunoawa921 | 2015-10-05 20:58 | 雑記 | Comments(0)

一の糸

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 文楽に興味をもつ青年が、文楽に造詣の深い方に勧められていた有吉佐和子著『一の糸』を読む。
恋愛小説はあまり読まないと言っていたが、私は本書は恋愛小説であると思った。最後は、スタバで読んでいて、涙が出てきた。冒頭から当時の街の人の情景描写が詳らかに描かれ、そして「下卑て間抜けて聞こえる大阪弁」を操る。有吉は生まれは和歌山県であることに納得させられる。
 
「躰の中に、まだあの一の糸の重く鈍く、深くあでやかな響きが残っている。その音を思い出しながら、父にどう云ってまた文楽へ連れて行ってもらったものかと案じてもいた。たった今、茜の体を揺り動かした一の糸を、撥先一つで操ることのできるその人に、ただもう逢いたかった。」文楽の三味線弾き清太郎が弾く一の糸の響きに心を奪われ、その感動は恋情へと昂っていくが、彼には妻子があった。大正から戦後にかけて激動の時代を文楽の三味線弾きに恋し、愛に生きる女性の一生を描いている。

 人に惹かれる時、その理由を考える、自分を好意的に思ってくれてるという、それとは別に、その人の思考や文章であったり作り出す芸術的な才能や、また成し遂げようとする行為であったりする。
 
 本書は文楽という芸能の世界を知ることができる。それは厳しく苦しく険しい道なのである。後半の芸道に生きる人々のプライドと確執は解説にもあるように実際にあった出来事をモチーフにしているようだ。

清太郎後の徳兵衛が素敵に思えるのは、男として恰好いいと思う要素があるからだ、芸道一筋に生きる、その姿は仕事人、または何かに挑む男の本業を体現している。ヒロイン茜はまだ封建的で自由恋愛ができない時代に自分の恋を全うし自由に生きることを選んだ。しかし自由に伴うものは、苦労であり孤独でもある。しかしその苦難も少しも不幸せそうに読者が感じないのは、なぜだろう。その原動力は惚れた男の為に尽くす、愛の力が漲っているからなのだと思う。女の本業とはそういうものかもしれない・・・・。

 二人の生き様に感動を覚えるのは、現代社会でも自分の信念、好きなことを全うできずにいる読者が読むからだろうか。
 
 文楽は昔、一度観に行ったことがある。しかし、三味線弾きの存在は記憶になかった。今度、鑑賞に行った時、人形、太夫、そして三味線の存在を意識するだろう。本書で読んだ稽古の厳しさを思い出し、一の糸の音が心と共に躰の芯まで響き渡り、茜のように足袋ではないが靴下を脱ぐくらい足の裏が熱く火照ってしまうかもしれない。
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by mizunoawa921 | 2015-09-14 15:32 | 雑記 | Comments(0)

小さな異邦人

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 連城三紀彦著『小さな異邦人』を読む。連城三紀彦の再来と言われた米澤穂信著の人気作『満願』を読んだ。しかし、連城のような男女間を描く大人の恋愛が描けない。と批評にあり、連城三紀彦のミステリーを読んでみた。生涯最後の短編集となる。短編のミステリーは、どれも男女間の愛憎を描いている。
 一筋縄ではいかない、最後が見えたと思ったら、結末は予想外の大どんでん返しがある。恋愛とミステリー、全然ちがうようで深く繋がるような気がする。恋愛の始まり絶頂期は、嫌いになるとか考えられないほど愛情が深まる。しかし、それも終焉と共にその恋愛が深いほど、憎しみもまた深くなる。恋愛は憎しみへと変わり得る。狂気、一種の精神疾患とも思われる。 作品には大人の男女が出てくる。大人になるということは悲哀を経験するということだ。人生の悲哀を描く世界は抒情感に満ちている。米澤穂信氏も歳を重ねて、実体験からも大人のミステリーが描けるように思う。
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by mizunoawa921 | 2015-08-26 23:36 | 雑記 | Comments(0)

満願

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 米澤穂信著『満願』を読む。
テレビに著者が出演していた。三谷幸喜ちゃうん?と思ったけど、ちゃうかった。誠実そうな青年はミステリー作家とは思えない。山本周五郎賞、有名ミステリー大賞を獲得した短編集。

 題材が全く違い、著者の世界観の引き出しの多さを感じる。
ミステリーはあまり読んでない。トリックは興味あるけれど、あぁ・・・と納得させられる感情や文学的な文章や格言に感情移入してしまう。
 本書を読み保身と欲望、其々の守りたいものの為に、人間は頭脳を駆使する。狡猾さと共に人間の愚かさが描かれるのが、ミステリーなのかと思う。
 私が好きなのは、「満願」かな・・・・「柘榴」は怖かった。
 連城三紀彦の再来か?と言われた著者、だがライトノベルズ出身で色気のある作品が書けないと批評されていた。大どんでん返しと男女の恋愛関係を書いた連城三紀彦氏の作品と比較されていた。それならば、連城三紀彦のミステリーの短編を読んでみようと思った。 
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by mizunoawa921 | 2015-08-08 17:56 | 雑記 | Comments(0)