カテゴリ:雑記( 142 )

雪男は向こうからやって来た

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角幡唯介著『雪男は向こうからやって来た』を読む。
雪男を捜索しにヒマラヤへ向かう探検記。雪男???マジかいな??と思いながら、読み始めた。
 本書は、捜索記と共に、雪男を見たという山ヤなら誰もが知る山岳史に残る著名クライマーが登場し、山岳史を知ることもできる。

 あとがきに「角幡氏は、雪男を目撃した経験のある人々と行動をともにし、かれらと接することによって、人間の深淵に迫っていくことになる。深淵とは、人間の「業」や「運命」のようなものではないかと、私は感じる。神仏の実在を突如として感得し、その後、信仰の道に入ったひと・・・・相手からの愛を感じ、自分もまた相手を愛していると信じて、多くのひとが愛し合う。「神仏」や「愛」と、「雪男」とのちがいは、どこにある?・・・・あるひとはまったくその存在を感得せず、あるいはちょっと感得したとしても信じたりとらわれたりすることなく、ボーッとしていられるのか。まさに、本書のタイトルに込められた、雪男は、向こうからやって来る。」と書かれている。

 深淵に選ばれた人が私は好きだ。クライマーではない知り合いが、金持ちになりたいと頑張っている。野心があり人間として、素晴らしいと思い尊敬もする。しかし胸が締め付けられるような思いを抱かない。お金にもならない、夢や目標を持っている人に、なぜかどうしても惹かれてしまう。大きなことでなくてもいい、例えば何かこのルートを登りたい、あの山に登りたいとか、行ったことのない国のあの風景が観てみたいとか・・・・
 私の深淵は何なのだろうかと思い、本書を読み終えた。
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by mizunoawa921 | 2015-08-02 23:24 | 雑記 | Comments(0)

探検家36歳の憂鬱

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角幡雄介著『探検家36歳の憂鬱』を読む。探検家のエッセイ。早稲田大学時代から、冒険家になった経緯、自分の半生を描いたエッセイ。登山中、雪崩で死にかけたエピソードが出てきて、不帰・・・・冬行ったわ!!と懐かしく思う。富士登山ブームからの観察からの、現代人の心の病から冒険論へと語られるのは、解かりやすく面白かった。著者をよく知る、クライマーが著者の他のエッセイを読み、言語化された冒険論、と評し、少しヌルイ文章をユーモラスに批評していた。 先人の確固たる持論を述べた冒険論やエッセイより、読み易く、理解しやすいのは、本のタイトルにあるように「憂鬱」と言った、生き方にも逡巡しながら、謙虚に生きる、現代の青年の姿が窺えるからか。解かりやすい文章から、新聞記者だったことも納得させられる。
 名前から、おっちゃんか?と思ったが、写真を観たら、イケメンでモテナイ冒険野郎を自虐的に書いているが、今は結婚もされているようだ。今度は、受賞作のノンフィクションを読もう。
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by mizunoawa921 | 2015-06-12 01:50 | 雑記 | Comments(0)

『次の夢への一歩』

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 先週、トークイベントで講演された冒険家の阿部雅龍さんの著書『次の夢への一歩』を読みました。
彼の半生と共に、冒険の夢への経緯が書かれている。南米大陸単独自転車縦断や、こんな冒険もあるのか、と思ったのは、CDT、GDTという世界最長クラスのトレイルで、カナダ国境からメキシコ国境までアメリカを縦断しているロングトレイル。アマゾン川の筏下り。各冒険の内容がとても面白かった。
 最終章には、極地冒険、「南極点単独徒歩到達」へのトレーニングになる冒険としてカナダ北極圏での冒険の計画に触れている。最終章については、先週の講演の内容であった。
  
 本書は、若い人には読んで欲しいし、大人が読んでも感慨深いものがある。
私は、最近よく、後何年くらい登れるだろうか?とか元気な両親と後何年暮らせるだろうか?この先、出会いあるのか(笑)どれだけ友達になり人と関わり合えるだろうか?と考えてしまう。下手なクライミングのルートの完登と共に、人生を大切に改めて考えるようになった。それは年をとったということだ。
しかし、著者は、幼少期に死を身近に感じている。「人はいつか必ず死ぬときがくる。そのとき自分は何を残せるだろうか。」若い時から、そう感じ夢を追い努力を重ね、夢を実現させてきた人生が描かれている。
悔いがないように生きる姿勢が、感じられ著者の誠実さが伝わってきました。

 「できるとわかっていることだけしかやらない人生なんて、あまりにもつまらない。先が見えないのは不安だし怖い。だけど、先がわからないからこそ楽しいのも確かだ。そういう道を歩んでいかない限り、笑って死ねる人生を送れるはずがない。」push the limit!!
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by mizunoawa921 | 2015-06-06 00:28 | 雑記 | Comments(0)

千早day 冒険野郎報告会!

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窯で炊いたご飯と手作りのおかずでお昼ごはん
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初めて飲んだチャイ、甘いの苦手でどんなんかな?と思ったけど、めっちゃ美味しかった♪
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山に関する蔵書が沢山あります(*^-^*)
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岳人、岩と雪、ロクスノなどの山の雑誌のバックナンバーが揃っている(@_@)
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金剛駅近くのMILKで夕飯
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千早赤坂村にある、ネパールに関係した山図書(Typhoon文庫)をベースにした大人の山基地Dolpo.BC  主催の冒険野郎の報告会に行ってきました。
辺境クライミングのけんじり君こと小阪健一郎君、北極圏単独徒歩の阿部雅龍さん、北極圏走破を目指す極地自転車冒険家、倉内健治さん。

 けんじり君、クライミングジムが沢山できて、スポートが主流の今時、人の行かない岩や沢や滝や山を求めて辺境へと登りに行くのか?その理由が知りたくて今回、参加しました。
 けんじり君との出会いは、偶々FBで友達の友達ということで知り合った。ひどく落ち込んで眠れない日々が続いた頃、楽しいメッセージのやりとりの中で、さりげなく彼が言った一言で、私はぐっすり眠れるようになったw けんじり君と出会って気付かされたことは、世界は広いし、沢山の人がいる。小さな世界で私は生きているのだと思った。

 トップバッターのけんじり君、甑島ナポレン岩第三登、カリマンタン島バトゥダヤ初登、スラウェシ島ビアロ川敗退、ヘタ沖瀬初登、沓島、馬立島東壁、薩摩黒島初登 、ネパール未踏峰の偵察等、冒険野郎については→千早day 冒険野郎報告会!   結局、なぜ辺境なのかは?わからなかった・・・w 初登に拘り、それは冒険に通じるからなのだと私なりに解釈した。
 阿部さんの講演は、大学での講師やメディアにも取り上げられてるだけあって、プロ意識があり、ユーモアを交えて、とても解かりやすかった。倉内さんの講演は、めっちゃ面白く、冒険の意識と敗退との葛藤が、ユーモアてんこ盛りで、とても好感がもてた。

 みんなバスの時間があり夕方帰った後、私は、近所で残り組でいた。主催者カオリさんが、ネパールの未踏峰に遠征に行った、素敵なスライドショーを観せて下さった。故師匠のO西さんと共に行った、1ヶ月の遠征は、まるでNHKのドキュメンタリー画像を観ているようだった。初めて観た、ネパールの山々、チベット人の表情と村の景色。カオリさんが惹かれた理由がわかった。感動して、ちょっとウルウルきた007.gif
 居残り組で、私の最寄り駅のお仲間のカフェバーに行って夕飯を食べた。
 素敵な空間と時間と人達に巡り合えた。人生は短い、振り返る時間はもったいなく、ウジウジ考える時間は私にはもうない。前を向いてる人たちと出会い私も前を向いて登って行こうと、今日またしみじみ思った。幸せな時間をありがとう。今日出会えた人達に感謝して、今夜も、ぐっすり眠れそうだ。
ノラ・ジョーンズ「スリープレス・ナイト」♪   
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by mizunoawa921 | 2015-05-30 18:36 | 雑記 | Comments(0)

最後の冒険家

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 石川直樹著『最後の冒険家』を読む。
熱気球の滞空時間と飛行距離で世界記録を樹立、ヒマラヤ8000m峰超えも達成した神田道夫。
2008年に自作の熱気球で太平洋単独横断に挑み、海上で消息を絶った。
 著者は太平洋横断に挑んだ神田のパートナーでもある。神田道夫の軌跡を追ったノンフィクション。
石川直樹の文章は、とても上手い。簡潔で客観的な描写とノンフィクション作家らしく、自分の体験から出る自然体の言葉で読者にリアリティを感じさせる。
 「こうやって人は死んでいくんだろうな、と思った。自ら命を絶とうとしているわけではもちろんないし、病気にかかっているわけでもない。ビルの屋上などにある貯水槽を改造したクリーム色のタンクの中に入って、ぼくは冬の太平洋の真ん中を漂っている。上のあるハッチの隙間から時々海水が入ってきて、溜まった水がタンクの底の方でちゃぷちゃぷと不快な音を立てている。」

 神田の公務員として平凡な人生、音楽や嗜好から普通のオジサンに思える人となりとは世を忍ぶ仮の姿であり、気球は自らの生と直結するアイデンティティそのものだった。

 最終章には、冒険論と共に人間はどう生きるべきなのか?という問いに深く言及している。
「地理的な冒険が消滅した現代の冒険とは、この世の誰もが経験している生きることそのものだとぼくは思っている。日常における少しの飛躍、小さな挑戦、新しい一歩、そのすべては冒険なのだ。」
「世の中の多くの人が、自分の中から湧き上がる何かを抑えて、したたかに、そして死んだように生きざるをえないなかで、冒険家は、生きるべくして死ぬ道を選ぶ。ぶれずに自分の生き方を貫くことは、傍から見れば不器用に見えるかもしれないが、神田は本当の意味で生きていたのだ。」
 
 神田道夫の記録的な冒険とは、全くちがうが、私は一歩間違えれば、大怪我、命も落とすクライミングという趣味の道楽をしている。週末ごとに遠征に出かけ、あらゆることを差し置いて、嫌なことやストレスも我慢して、登りに出かける。気が付けば、この道楽は生涯的なものになりつつある。世間的には何もできていない自分の人生をいかがなものかと思いつつ・・・
 解説にあった言葉が胸に刺さる。「空を見上げれば、自分の目の前にある日常が未知の世界に繋がっている。ちっぽけな自分がけれども限りない可能性が見いだされる。」
小さい冒険を繰り返して、私は生きていくのだと、本書を読んで、そう思った。
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by mizunoawa921 | 2015-04-23 00:12 | 雑記 | Comments(0)

鳥葬の国 秘境ヒマラヤ探検記

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 ネパールが実家の人wが名著だと紹介していた川喜田二郎著『鳥葬の国 秘境ヒマラヤ探検記』を読む。
1958年の春から秋にわたり京都大学生物誌研究会、日本民俗学協会の後援のもとに行われたネパール北部にあるトルポという辺鄙な未開の地域とチベット人の研究をした遠征隊の探検記。
 前半は日本の学界における、文献研究をやる安楽椅子学派や、白い実験着の上っ張りを着て、神々しい実験室学派にくらべて、野外研究学派は信用されておらず、出国するまでの苦労が書かれている。
 民族研究を外国人にやられると、自国民の野蛮な後進性を暴露される、必要なのは、近代的な技術の導入、近代的な経済と政治、社会主義的福祉施設である。・・・・・しかし、著者は「私は自分がそんな有害無益な研究をいているとは思わない。それどころか「人間」に関する研究を軽視し、「技術」と「経済学」と「国営」だけで奇跡が起こるというような考え方こそ、陳腐な思想だと思っている」と述べる。

現地に赴くと「第一、コトバが、はじめのうちは、なにを言ってるのか、とんとわからない。こんなひどいチベット語方言は初めてだった。そのわけのわからぬグロテスクな連中が、根気よくテントの前に集まって、中をのぞきこんではなんだか話し合い、羊毛の紡錘をまわしたり靴縫いをしている。テントの中には、これまた彼らからみてわけのわからぬ隊員どもが、ゴロゴロとのびて、テントの前の村人たちを珍しそうにのぞいてる。チンバンジーとオラウータンがおたがいに出会って「ハテナ?」と、観察し合っているようなものだ。この二組のサルどものあいだには、愉快な冗談とふざけあいがはじまっていた。私たちの若い隊員諸君はユーモアに富み、からかい好きであった。 相手の村人たちも、チベット人のご多分にもれず、朗らかで、ざれごとが好きそうであった。」

 滞在中の交流のエピソードからチベット人の特徴がよくわかる。
また、鳥葬という葬儀がある。死体を刻んで鳥にあたえる葬り方。実際に観察した詳細が書かれている。
「血染めのお守りがむなしくひとつころがっていた。それから、あたりの灌木の小枝には、えものを争ったハゲワシの柔毛が、風におののいていた。数輪の野菊が、風にそよいでいた。そして、昨夜のうちに見ちがえるばかり新雪をかぶったヒマラヤの山々が、吹雪あがりの断雲の乱れ飛ぶ中に、荘厳な風景を繰り広げていた。まことに、壮烈な詩の一遍のフィナーレではある。」

 またムクト=ヒマールというヒマラヤの処女峰に挑む記録も書かれている。

 最終章には、15年後に隊員たちが、再会し座談会を行った記録が付している。
これほど感銘の深かった日々を、私たちは一生のうちに、そう何度も味わうことはなかろう。今でも私たち隊員は、「もう一度あそこへ帰りたい。」という。

 私はいつか、ネパールを訪れて、ヒマラヤを見上てみたい。そして、チベット人たちに会ったら、本書のエピソードを思い出すことだろう。
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by mizunoawa921 | 2015-04-14 19:42 | 雑記 | Comments(0)

日本人の冒険と「創造的な登山」

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 ある有名クライマーに講演の依頼をして、メッセージでやりとりしたところ、そのクライマーの今までやってきた登攀は本多勝一著『日本人の冒険と「創造的な登山」』で述べられていることに通じると仰っていた。古典的なところに真実があったことに衝撃を受けられたという。
 
 本書を読んでなかったので、早速購読して読んでみた。○○さんにとって重要な一冊なのですね!!と言うと、重要ではないですw 山ヤの共通認識を分かり易く書いてる。と仰った。

 重要ちがうんかい!!(笑)

 日本の学術至上主義、学問は、高級、崇高、重要に値し、冒険、探検は、下級、低劣、軽侮のしろものだと思われてきた。冒険、探検がいかに虐げられてきたかを歴史と共に解説し論じている。
 冒険とは何か?を定義づける。「生命の危険を冒す点」「実行する当人に主体性がなければならない点」
エベレスト登山が冒険でなくなった理由は、登山者が増えたことではなく、登山の戦略が完全にマニュアル化しシステム化されてしまった点を述べている。エベレストの登山を、危険だと思う人はいても無謀だと思う人はいないだろう。第三の条件に「その時代における最も現代的意味をもつもの」を挙げている。過去のパイオニアがやったと同じことを今やっても、パイオニアではない。
解説には「冒険とは、常識や支配的な枠組みを外側から揺さぶり、一カ所に留まっていてはいけない。反逆的な方法で新しい世界に飛び出して可能性の扉を開き、時代の体制をぶち壊さなくてはならない。」と述べている。
 
 昔、私の山岳会の先輩は、山スキーの記録を出して、パイオニア精神のあるクライミングをして欲しいと後輩たちに述べていた。主体性のないまま山に挫折して、今は主体性をもってフリークライミングもどきのスポーツクライミングをしている私だ。ピンに守られ、更に身を守ろうと、攀じ登り、危険、無謀とは程遠い。自分のムーブを探る。できないことが、できるようになった時は限界を超えた気分になる。私のわずかながらのパイオニアワークとは、その瞬間と過程なのかと、無理矢理、こじつけて自分の登りを省みた。
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by mizunoawa921 | 2015-03-26 00:41 | 雑記 | Comments(0)

火花

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お笑い芸人の又吉直樹が「文學界」を史上初の大増刷に導いた話題作『火花』を読む。漫才師をクライマーに置き換えて考えてしまう愚かな私だった。
帯の批評
お笑い芸人二人。奇想の天才である一方で人間味溢れる神谷、彼を師と慕う後輩徳永。笑いの真髄について議論しながら、それぞれの道を歩んでいる。神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。彼らの人生はどう変転していくのか。人間存在の根本を見つめた真摯な筆致が感動を呼ぶ!
文学というかなんというか、お笑い芸人、又吉だからこそ書けた作品だと思う。天才肌で無茶苦茶な芸人でしかない神谷を、私は自分がしているクライミングを始めた頃の個性的でハチャメチャだった先輩たちを思い浮かべた。お笑いはまだお金を稼げるがクライミングはもっと意味のないことかもしれない。開拓や何か記録的な登りを成功させなければ、神谷のように変人で破滅的な人にしか世間は思わない。
「一度しかない人生において、結果が全くでないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを排除するということは、危険を回避するということだ。臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。それがわかっただけでもよかった。この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。」
しかし、読者はみなこの神谷に惹かれてしまうと思う。それは、なぜなんだろう、と思った。
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by mizunoawa921 | 2015-03-18 00:54 | 雑記 | Comments(0)

女口説き飯

深夜に放送していたお気に入りドラマが昨晩最終回だった。
神林恵(貫地谷しほり)の職業はフリーライター。ウェブサイト内での連載を持ちかけられる。それは、応募者の独身男性が提案する店で、「食事をしながら口説かれよう!」という新企画。

峰なゆかの原作をドラマ化らしいが、原作とはヒロインのスタンスが全然違う。原作は海さん山千の女子らしいが、ドラマは彼氏いない歴5年の適齢期の女子設定。脚本がめちゃくちゃ面白かった。北川江吏子?じゃなくて北川亜矢子らしい。

あらゆる男性が出てくる、エリート、医者、アパレル業界人、ニート、バブル社長・・・
毎回、編集者に「食われたらダメだからね!!」と念を押されるのに、ヒロインは、社交辞令?の口説き文句を聞くと、帰り際に落ちてしまい、自分から告白してしまう。最終回は、恋愛コーデイネーター職の男性に、口説き文句「もう一度会ってくれますか?」と言われて、これは到頭RPかい!!と思ったら、「僕の本の出版記念会で会いましょう」と言われてしまう。

私が一番ええと思った口説き文句は初回のハイスペックで大人な爽やかリーマン??の広告代理店の男が言った言葉。
「神林さん、えらいな~仕事大変なのに頑張ってるんだ。髪振り乱して、精一杯意地張って一生懸命生きてる女の子て、かわいいじゃん、そんな姿みてると・・・」
「俺が守ってやんなきゃと思う」
これかなぁ・・・定番かぁ
「私は貴方と深いうまみが湧き上がるドライエイジングビーフのような恋がしたい!!」とデートした店の料理になぞえて、ヒロインは別れ際に毎回、告白するが、
「大丈夫です」と断られてしまう。
路上に取り残され茫然としたヒロインは、誰か私の骨を拾って欲しい・・・(-_-;)とつぶやく。

美食探検隊の私は、毎週出てくる実際にあるイタリアン、フレンチ、和食、ネパール料理、居酒屋、グルメ店の美味しい料理が興味深い(*^-^*)
こんな取材やってみたいわぁ~!!と思う。そやけど、MBS制作で、ヒロインも関西弁やのに、なんで全部東京の店やねん!!行かれへんやん!!関西人なめとんか!!
しかし、私が取材したら、ドラマのヒロインと同じで必ず、口説き文句に落とされて、原稿書く前に、恥をかいてしまうに違いない(>_<)
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by mizunoawa921 | 2015-03-16 23:18 | 雑記 | Comments(0)

私は忘れない

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最新号のロクスノに、知り合いのけんじり君が薩摩黒島の沢登の記録を投稿していて、FBで小説、有吉佐和子著『私は忘れない』を絡めて、文章を書きたかったと書いていた。 早速、小説を読んでみた。
 映画女優を目指す、若い女性のヒロインが挫折して、旅行にと鹿児島県の遥か南にある俊寛の流されたという、鬼界ケ島の隣にある黒島という離島を訪れる。青い海にとりかこまれている。海老突きや魚釣り、魚はふんだんにある。観光としてはいいが・・・島民の暮らしは貧しい。甘藷はとれるが米は無理。芋が主食。自給自足ができない。無線通信局がないので船がいつ来るか正確に分からない。島の集落の対立、厳しい島の生活に子供たちは笑顔を忘れている。島に昔からある姥捨てのような習慣がある。歳をとった親の面倒をみない習慣があるのだ。しかし、その習慣を改善しようと、先生たちは敬老精神を指導して行っている。滞在中、台風に襲われ、悲惨な状況の中で、島民たちと働き合い、絆を深める。ヒロインは東京に戻り、島のことを忘れないと、成長して仕事に励み、運命を切り拓いていく。

昭和30年代前半の時代設定。島の人々の暮らしは本当に貧しい。今もそうなのだろうか・・・
 文明は進み、山小屋でも光通信が来る時代。若者はスマホ一つで地図はいらず、情報社会は凄まじい。
 都会で暮らす自分の恵まれた環境、そこから遠く離れて、底知れぬ自然に惹かれて辺境でのクライミングに惹かれる若者は、この小説のヒロインのように、自然と共に生きている純朴な人に、心打たれたことがあるのかと想像してみる。
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by mizunoawa921 | 2015-03-11 00:03 | 雑記 | Comments(0)