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13クライマー

この週末、クライミング仲間がステロイドパフォーマンス13CをRPした。
気合のRPだった。そのクライマーは昔私が所属していた山岳会の先輩だ。その当時、山スキーの先鋭的な記録を出していた。剣の北壁や、大脱走ルンゼの初滑降など
エキストリームスキーの草分けを築いた。その後は、身の危険を感じ、フリークライミングに転向する。子供も手が離れ本格的にフリークライミングに没頭する日々を送る。
昔、山岳会の集会で、フリークライミングをしていた会員の男性が、(集会には居合わせてなかった)パートナーの女子が1年くらいかけてやっと12Aを登りました!と報告した。その当時リードで登る女子は少なかった。TRで何十回もやって、仕上がりにリードで落とすというやり方をしていた。それでも私の周囲に12を登るクライマーはいてなかった。みんなが凄い!と絶賛する中、彼は
「そのスタイル最悪やな!フリークライミングって良い条件の下で少ない回数で登るのがフリークライミングでスポーツクライミングやろ!」と言い放った。

その後彼は、フリークライミング人生を送るのだが、彼のクライミングはこの言葉をモットーにして、それをいつも体言してきたように思う。

8年前からフリークライミングを始める。鬼岩に通い、私の入門11Aのヌンチャクを掛けて、自分の留年11Cのヌンチャクを隣から飛び移って掛けてくれた。いつか卒業12Aが登れたらええな~と言っていたあの頃を思い出す。男のクライマーなら13を1本は登ってみたいと思う。彼もまたその一人だった。私は13を登れずやめていったクライマーを見てきた。若い今時のクライマーとはちがって、年配から始めた者にとって13を登るのは並大抵の苦労では登れない。しかも彼の信念を守りながらなら尚更だ。
ジムでの登り込み、故障との戦い、減量・・・・いつも上手くなるため強くなるためを模索していた。クライミングに真摯な姿勢は時として、私にはしんどいこともあった。お互い目的に対し果敢に突き進むのでそれが合致していれば、すこぶるタッグを組むことになるが、ちょっとした行き違いも多く大喧嘩になったことも多かった。それはいつも自分のクライミングに真面目すぎるということだった。そんな彼と登ってたので、ちがうとこで登っていてもええ加減にエンジョイクライミングをしていると、彼の存在が私には心の片隅で、圧し掛かるのであった。しかし合理主義、理知的な考え方を突き詰めた彼の思考は、何か相談事があると頼ることになる。兄弟がいず、配偶者もいず、山岳会もやめてしまった私はいつも何か彼が身内のように思ってきた。それは私が素人から山を始めそれを受け入れてくれた山岳会の先輩であるからだと思う。どこかで失敗をしでかしても、彼や同じ山岳会の先輩は、どこか私を受け入れてくれそうな気がするのだ。

今年の目標は13を登ると言って、春から闘いは始まった。リーチのない彼にはリーチ差のでない鳳来に焦点は絞られた。バーニス13Aをやってみて、下部のボルダームーブで肩を痛める。カーニバル13Bをやってみて余計に肩に悪いと気付く。そしてステロイドをやってみる最初はどこもかしこもできなかった。ヌンチャクを掛けることも出だしのクリップが全くできなかった。一緒にやってるクライマーは全員13クライマー、なんで13Aも登らず13Cやねん?と思われないか対等以上に登らなあかんと、頑張った。8月はジムが嫌いになるほどのオーバーワークの登り込みで、腰痛を発生して、カイロで救われる。

「俺がステロイド登ったことで、中年クライマーに夢と希望を与えたれたんちゃう。身体能力も高くもない、普通の中年クライマーが13Cを6ヶ月で登ったんやから」と感想を語る。

しかし、普通のクライマーではなかったのでなないだろうか。

翌日は鬼岩の先の明神山に登頂してきた。鬼岩は卒業だと言う。
これから先は、エンジョイクライマーに転向すると言っているが、また他の岩場で目標をもって登っていくだろう。
彼の信念をもって・・・・・
帰りはルイジアナママでフルコースをみんな驕ってもらいました\(^0^)/

今日就活の筆記試験で、最近感動したことは?とあった。
趣味の仲間が目標を達成したことと書いた。
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by mizunoawa921 | 2008-10-20 01:19 | | Comments(14)