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My Foolish Heart

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幸せの原点

幸福論4
女優 黒柳徹子
まだ戦争が始まっていなかった日本。外は激しい雨が降っている。でも家の中には仕事から帰ってきた父がいる。台所では母が夕飯の支度をしている。弟妹もいる。犬は家にいれてもらっている。家族が笑い合う声が家の中を行き来している。そして温かい電気がみんなの顔を照らしいる。なんとも言えない安心感。あの時の幸せな気持ちを、私は今でも忘れられません。でも、戦争が始まって、父は兵隊にとられ、空襲で弟は亡くなり、犬も死に、母と栄養失調の私や赤ん坊の弟と妹は青森に疎開。あの幸せのひとときは、もう戻ってこない。家族が一緒にいること。みんなが健康で、そこには温かい笑顔があること。それこそが人間の本当の幸福ではないか。

最近、ユニセフ親善大使として内線状態のソマリアを訪れました。・・・・・どの子を栄養失調で痩せています。痩せているだけなら栄養を与えれば回復することもできます。ところが赤ん坊の時に極端に栄養が足りず脳に障害を起こしてしまったら、もう打つ手はないのです。何歳になっても、考えることもできず脳からの指令もがないので、体も動かせず・・・・家を奪われ、愛しい家族を奪われ、生きることさえ奪われようとしている。そして、死に行く我が子に何もしてやれない。

アフガニスタンには、今も1000万個もの地雷が埋まっています。その地雷で片足を吹き飛ばされてしまった少年。長い順番を待って、やっと彼は義足を手に入れることが出来た。木で作られた粗末なものです。でも、義賊をつけた少年は、目をキラキラ輝かせて私に言いました。
「嬉しいな。これでまた、山に帰って羊と一緒に暮らすことができます」と。
大人たちは、足を失ったことを、きっといつまでも嘆くでしょう。もう、ろくな仕事や生活ができないと失意に陥るでしょう。でも子供は違います。足を失った悲しみなど、夢と希望でかき消してしまう。・・・・子供とは本来、希望で溢れている。生きる希望に溢れて生まれてくるのです。
 私は小学校一年の時、公立小学校を退学になりました。「手に負えない、変わった子」だったからです。でも次に行った小学校の校長先生は、いつも私に言ってくださいました。「君は、本当は、いい子なんだよ」そのおかげで私は、自信を持ち、自分の夢を奪われることなく大人になれたのです。
 子供の幸せを考える時、私は与えることよりも、奪わないことだと思うのです。何かを与えることは簡単に出来る。・・・夏には涼しいクーラーを与え、冬には暖かな暖房を与える。現代では当たり前のこうした環境が、子供の健康を奪っているかもしれない。知識ばかりを与えることで、本来の生きる力を奪っているかもしれないのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 子供たちの生きる権利を奪わない世界が、はやく訪れますように。


黒柳徹子の幸福論を読んだ時、電車の中で涙が止らなかった。長くなるのでかなり、省略しているが・・・幸せの原点とはこういうことなのだろう。
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by mizunoawa921 | 2010-09-26 22:27 | 雑記 | Comments(4)